2010年9月4日土曜日

ハービンジャー輸入

社台さんが「欧州最強馬」ハービンジャーを輸入するそうです。


ケガで引退したこともあり、G1勝ちは引退レースとなったセントレジャーのみ。セントレジャーは最近では大した格のG1とは言い切れませんから、それだけじゃあ「ふーん」てなもんです。


でもこの引退レースがすごかったのです。セントレジャーレコードで二着に実に11馬身差。ちぎり捨てた2位争いの馬には今年のダービーを大差勝ちしてこのレースでも断然の一番人気だったワークフォース(二着は今年のアイルランドダービー馬ケープブランコ)。フリーハンデによっては昨年のシーザスターズにつぐ史上2番目の数字をつけることも。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
客観的に見て、一発屋のかんはありますが、それでもあれだけのメンバーを後ろから差し切って11馬身ちぎり捨てるのはまぐれではできません(逃げ切りとかとは違うのです)
じゃあなぜそんなすごい馬が買えたかというと2400m以上のレースにしか良績がなく、本格化したのも4歳になってから。種馬としてはあまり成功しないタイプだから。(世界のレースはスピードが求められているし、ある程度早い時期から活躍する血統の方が子どもが売れるのです)くわえて「濃すぎるノーザンダンサーの血」というのも気にはなります。
社台グループといえばノーザンテーストで大成功を収め、そのノーザンテーストを父に持つ牝馬に合わせるということでトニービンやサンデーサイレンスを輸入し大成功を収めてきました。
こんどはサンデーサイレンスを父にもつ牝馬との相性が問われることになりますがはたして・・・。

「円高の恩恵」が今後20年の日本の競馬に良い影響を与えますように。

馬謖は

なかなか切れないよなあ。
会社は難しい。

切ろうと思ってもやっぱり切れないよ。

2010年9月3日金曜日

フィニョン死す

最も有名なフランス人自転車選手、ローランフィニョン死す。まだ50才でした。

直接の死因はガンですが、80年代に活躍した彼も例にもれずドーピングをしていて、因果関係は否定出来ないところです。(後年彼は反ドーピングを貫いたことも彼の名誉のためにあげておきます)



彼は僕が自転車を趣味とするようになった直接のきっかけでもあります。

ツールドフランスを2連覇した素晴らしいレースぶりに感動した僕は、父親に当時10万円以上もするタイムトライアル専用の「ファニーバイク」(前後でタイヤのサイズが違う前傾自転車。普通前24インチ後ろ27インチ。ブルホーンバーと言われる上向きのハンドルを使う。現在ではルール改正により使用禁止)を買ってもらい乗り回したものです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
彼の最高のレースは逆説的ですが89年の「二着」に敗れたツールドフランスでしょう。最終日前日まで50秒のアドバンテージをもって首位を走っていた彼は最終日の個人タイムトライアルでグレッグレモンの驚異的なスピードの前にわずか8秒差で(タイムトライアル全体では58秒差で)逆転負けをくらってしまったのです。今でも史上最高のツール・ド・フランスと言われるこのレース、結果を知っていながらNHKの録画レースを満た僕でさえ涙が出てくるような死闘でした。
こういうレースが見られるなら、一度は生で観たいと思ったことを覚えています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2010年9月2日木曜日

西郷隆盛論

菅直人首相自らも、「小沢一郎=西郷隆盛」を唱えたのを見てやっぱりおんなじことを考えたかと。。。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ただし、足利尊氏論というのもありましてw

足利尊氏はもともと北条幕府側の人間でしたが、後醍醐天皇に呼応して朝廷に味方し、建武の新政の成立に大きな役割を果たします。しかし、新政権では阻害され朝敵となり九州に落ち延びるのです。が、朝廷に対して不満を持っていた武士たちを味方に引き入れついには足利幕府を開くに至ります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
どっちになるかは小沢さんの人望次第かも。。

またこんな話もあります。8月15日にも書いた大村益次郎。司馬遼太郎によれば、明治維新成立後すぐに大村は「足利尊氏のような人間は必ず九州から興る」として西郷隆盛の反乱を予測し、その反乱を抑えるための部隊を大阪に新設し九州まで展開できる作戦まで立案していたとか。
大村益次郎は明治維新成立後に西郷隆盛派?によって暗殺される(大村は江戸解放後の西郷の軍事行動をないがしろにしていた恨みを持たれていた)。しかし大村の死から10年立たないうちに起こった西郷の反乱はそれを予測していた大村のおかげで迅速に鎮圧されるに至る。あるいはすでに平和を求めていた民心の支持を得なかったことも西郷の敗因だろう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
小沢の反乱を予測していた人は多いでしょう。しかしそれに対して対応策を練っていたかといえばなかったでしょう。されば西郷隆盛ではなく、足利尊氏になれるのかもしれません。さりとて足利尊氏が得ていたような熱烈な支持や新政権に対する不満を小沢さんが追い風にしているともとても思いませぬ。さすればかれは西郷になってしまうのかもしれません。


あとから見ればわかりやすいんですけどね、何事も。大村のように将来を見越せる人間になりたいものです。彼が相場をやれば100戦100勝だったでしょうね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
おまけ。
「なぜ九州から反乱者がでるか」
なんてことを書くと九州の人が気を悪くするかもわかりません。これは簡単。信長の野望をやったことがある人はすぐに分かります。鹿児島で兵を起こせば「後ろを気にする必要がない」のです。
どういうことかといえば、例えば本州の真ん中で織田信長を倒した明智光秀はすぐに四方から攻める敵に囲まれました。これが鹿児島なら、後ろを気にせず、兵力を一箇所に集めて攻撃できます。

2010年9月1日水曜日

ガンダム命

僕もガンダム好きです。出来るなら今でもいろいろ組み立てたい。

しかし、我が家でそんなことやった日には、猫様たちの格好のおもちゃですな
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こんな事件。笑ってしまいますw

2010年8月31日火曜日

小沢さん=西郷隆盛論

のような気がするのだ。

明治維新の際、薩摩の藩士たちは理想に燃えて命をかけて戦い、明治政府を打ち立てた。しかし、いざ政権が樹立してしまえば自分たちに出番はなく、一部のテクノクラートだけが出世し中枢に座った。結果西郷を中心とした藩士たちは西郷を担ぎ上げ、自分たちが新たな中心となるべく西南戦争を起こす。


小沢一郎も大量の国会議員を当選させ政権を握ったものの現政権からは外され子分たちの不満は高まった。

さて結果はどうなるのか???


西南戦争では西郷は勝算などなかったと言われる。ただ、戦争を起こすことでガス抜きになればと思っていたのだろうか?小沢さんには勝算があるのだろうか?。