2016年11月9日水曜日

祖父も関わった渋谷、変貌続く

祖父は三重にある会社の共同経営者でした。いまは人手に渡って本社は和歌山にあるようです。
規模を縮小したそうですがそれでも従業員さんが100人超えるようですから往時はなかなかの会社だったよう。たまたま今の会社に入ったときに、関連お仕事したことある人に「○○って知ってる?」ってきいたらそこで仕事したことあるよ、だって。世の中狭い。

某国会議員の後援会長的なこともやっていて、昔のことだから、三重の南の方の公共事業にガッチリ食い込んでいたようです。

ある意味ではゼネコンから「接待される側」だったと言うから推して知るべしか。
後楽園球場の年間シートを複数持ってて、そこでいろんな人と野球見てたんだとさ。
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又聞きですが強盗慶太と呼ばれた人の息子さんと交友が深かったようです。そのためT急のお仕事も多く受けました。(逆にT急も何かしらのみかえりあったのかもしれません。大昔の話です)

渋谷駅は戦後いろんな増改築工事が行われたそうですが祖父もそこでたくさん仕事を受けたと。

いま、渋谷はその頃の建物の老朽化もあり大規模な再開発が続きます。
ヒカリエも開業して数年立ちますが、2020年代なかばまでまだまだ大規模な再開発が続くでしょう。

僕の努めてる会社もそのほんの一部ですが建築資材や建設機械を運ぶ仕事を担当しています。
見るたんびに変わっていく渋谷。
祖父も関わった建物が消えていくのは寂しいですが、まあ孫がそれに少しだけでも関わっているのをみて祖父も感慨をもってくれるんではないかなと。
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