2016年10月27日木曜日

サイレンススズカが取れなかった秋の天皇賞、エイシンヒカリで。

ある程度古くからのファンなら、サイレンススズカという名前を聞いたことがあると思います。

父サンデーサイレンスの名前からサンデーという名前をもらったその馬は、古馬になって逃げる戦術を覚えると逃げて逃げて逃げまくりました。

その名前が知れ渡るようになったのは金鯱賞の衝撃的なレースでしょうか?
重賞2勝を含む三連勝で迎えたサイレンススズカは連勝中と同じくスタートから一気に飛び出ると1000mを57秒台のかなりの猛ペースで逃げます。
普通の馬なら後半バテて止まってしまうのですがサイレンススズカはお構いなし。逆にそのまま加速するようにゴールイン。「大差」勝ちしたのです。

JRAのルールでは大差とは10馬身以上離して勝ったということ。不良馬場ならそういうこともあるだろうし、実力の差があり得る条件戦ならまだわかります。(ケガなどの関係で実力のある馬が賞金が貯まっておらず、ひくいじょうけんせんにでて来ることはあり得る)
あるいは3000mくらいの長丁場ならスタミナ切れで大きく離されることもあり得るでしょう


しかし、オープンクラスの重賞でそういうことが起こるのは非常に珍しい。ましてや2000mのレース。このレースでサイレンススズカは「化け者」なんじゃないかという見方が一気に広がるのです。

続く宝塚記念。「2200m」はサイレンススズカには200m長い(スタミナが持たない)という見方もありましたがギリギリ持たせて勝利。G1馬の仲間入りを果たします。
そして迎えた秋

天皇賞の前哨戦、毎日王冠には三頭の優駿が揃います
サイレンススズカ、グラスワンダー、エルコンドルパサー。


この時のルールでは「外国産馬」(日本国外で生まれて輸入され、日本で登録された馬。いわゆるマルガイ)には天皇賞に出走する権利がありませんでした。当時から外国産馬が出走できた毎日王冠だからこそ実現したマッチアップ。外国産馬であるグラスワンダーとエルコンドルパサーは天皇賞に出走することは出来ません。98年の毎日王冠、今でも「史上最高のG2レース」とも「G1を超えたG2」とも言われるレースが行われたのです。JRA史上最高のレースの一つに挙げるひとも少なからずいるでしょう。


サイレンススズカは後の有馬記念(2勝)宝塚記念も勝つことになるグラスワンダー、そして後に凱旋門賞で怪物モンジューの僅差2着するエルコンドルパサーを逃げ切りで一蹴。実力を見せつけたのです。相変わらず普通ならオーバーペースとなる異常なラップで前半を走るとそのままゴールまでリードを保って逃げ込んだのです

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして迎えた天皇賞。
外国産馬二頭の出走もなく、ここは圧勝するかに思われました。
鞍上は「天皇賞男」武豊。誰もが疑いなくサイレンススズカが逃げ切ると思っていました。
期待に違わずハイペースで逃げたサイレンススズカを悲劇が。

突然の骨折。4コーナーでレースを止めたサイレンススズカ。そのまま安楽死。暗転するのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
競馬界の不思議の一つに、あれだけG1を勝ちまくってる武豊が逃げ切りではG1を勝ったことがない、というのがありました(地方競馬の「G1」ならある)。サイレンススズカならそれが可能のように思われましたが叶わず。

そしていま
現役最強逃げ馬がエイシンヒカリであることは間違いないでしょう。
去年香港でG1を逃げ切ると(地方を除くG1ではこれが武豊生涯初のG1逃げ切り勝ち)フランスでG1を大差勝ち。これで国際フリーハンデ世界一という偉業も成し遂げました。

英国のロイヤルアスコットでは大敗を喫したものの、日本で最後のレースとなる秋の天皇賞に挑みます。(年内は香港を使ってそれで引退、種牡馬になる予定)

ファンはどうしてもサイレンススズカと武豊の姿をエイシンヒカリと武豊にかぶらせて見てしまいます。20年の時を経て、武豊は秋の天皇賞を逃げ切ることができるのか???

いよいよ30日出走になります。




0 件のコメント: