2016年8月16日火曜日

バンブーメモリーの思い出

武邦彦氏死去

名騎手ではあったが残念ながら「名調教師」とまでは行かなかったか。

それでもバンブーメモリーをだしてG1をとった。
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鞍上に武豊を起用し(武豊は、父親の厩舎に所属せず、武邦彦も所属した武田作十郎厩舎に所属していた)バンブーメモリーは「マイルチャンピオンシップ」に歩を進める。この時、一番人気はオグリキャップ。当時の数え年5歳(今の四歳)のオグリは天皇賞を勝利してマイルチャンピオンシップに出てきて当然のように一番人気となった。


このレース、武豊のバンブーメモリーが直線馬場の真ん中から先に抜け出します。
オグリキャップの南井騎手はやや出遅れ最ウチから出てきました。武豊の技量を持ってすればバンブーを内側にエスコートしてオグリの進路をブロックして勝ち切ることも出来ました。

しかし武豊は「どうせなら綺麗に勝ちたい」「オグリと勝負してみたかった」。わざと内側に一頭分進路を開けると南井騎手は迷わずオグリキャップを内ラチとバンブーの間に潜り込みます。
「とても届かない」と思われた位置から名手同士の壮絶な叩き合いに持ち込むとありえないことに差しきってしまうのでした。
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高校生だった僕にとってはとても印象深いレースです。勝ったオグリキャップはこの後「連闘」(二週続けてレースに出ること。上級クラスではありえない)でジャパンカップに強行出走。
更にありえないことに当時の2400mの世界レコード2分22秒2のホーリックスの僅差の二着。伝説を不動のものとするのです。

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余談
流石にこの連闘が応えたか、オグリキャップはその後の有馬記念では5着に敗れます。
この時二着はスーパークリーク、武豊。勝ったのはイナリワン。

抜けだしたスーパークリークの武豊はオグリが後方の位置で手応えが悪いことをターフビジョンで確認してゴールを目指します。「オグリは勝てない」と思ってぬけだしたところを「平成の三強」の一角イナリワンに差し切られてしまったのです。

それでも武豊は並ばれた時「オグリが来た」と思ったとか。とてもありえない位置、ありえない手応えでもオグリキャップならやらかすんじゃないか?全盛期の武豊をしてそう思わせたのはあのマイルチャンピオンシップの壮絶なレースがあったからでしょうね。


邦彦氏は調教師としては数多の名馬を育てることはありませんでしたが、武豊、武幸四郎というスタージョッキーを残しました。そのことだけでも素晴らしい業績とも言えるんでしょうね。

なにはともあれ「ターフの魔術師」に合掌

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