2013年4月9日火曜日

ケソン(開城)

いま話題の開城(ケソンとよみます)工業団地についてミニ知識。

報道されるようにここは北朝鮮領内に2003年にできた「経済特区」です。韓国が北朝鮮と関係緩和を進めるために作られた工業団地。北朝鮮は労働力と土地を提供、韓国が資本と技術、そして販路を提供する形で作られました。現在、韓国側から陸路で行ける唯一の北朝鮮領土です。団地の入居にあたっては、現代自動車とかサムソン電子のような大型の会社ではなく、いわゆる中小企業を中心に進められ、入居する韓国企業にとっても安価な労働力を得られるというメリットがありました。
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ケソンは朝鮮戦争前は韓国の支配下にありました。そのためいわゆる離散家族がもっとも多い地域です。北の南進のため、南に逃れた人、混乱の中土地に残った人、戦争後に引き直された国境線が家族を引き裂くことになったのです。その意味でケソンで共同事業を行うということは戦前世代にとっては重要な政治的意味がありました。
また数十万人といわれる労働力の確保にあたっては北は「軍人を民間転用する」ともいってたそうな。その意味でも平和への事業だったわけです。


さまざまな不協和音があっても、ここに協力の形を残すことで最悪の自体を避ける緩衝地帯になる、という思惑があったおもいます。太陽政策の思想が顕著に現れた場所といえるでしょう。


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ケソン市は海に面し、しかも地形上平地が続き、道路があり、軍事的に見ても当然要衝と言えます。いくつかの幹線道路から大軍を動かすには失ってはいけない重要な場所、もし前線が南下すればケソンが補給基地になるでしょう。喉元みたいな場所とも言えます。

ここに工場を作ることは北からしてもここがあるうちは大規模開戦は無いよ、そういう場所だったわけです。

そのいみで戦争を宣言している北にとってはここに韓国人が入るのは「おかしい」といえるかもしれません。撤退には軍事的意味(かなり大きな意味が)もあります
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ぼくも何回か韓国に行きましたが。自分なら(北朝鮮絡みで)韓国に行くいかないを判断する分かれ目がケソンを封鎖するかしないかだと思っていました。ケソンが稼働しているうちは韓国に行っても大丈夫だけど、ケソンが封鎖されたなら、韓国に行く奴はそこで戦争で死んだって自己責任だ。そう思ってました。3代目の首領様にとっては先代が残してくれた「遺産」。ここに手を付けるのは先代への配慮から「余程のこと」と思っていたのですが。余程のことが起こりそうな期。。悪い予感が。


(新天地追伸4月9日、従業員の出社を行わないように北朝鮮がお触れをだし、工場内の操業は団地的に停止しています。コンビニなんかは開いているようですね)
さてどうなりますかね。


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