2012年3月3日土曜日

死生観

新天地はむかーし高校生だったころ、大真面目で検察官になるつもりでいました。そこそこ頭がいい学校に通っていて、勉強さえすれば司法試験くらい何とかなるくらいの思い上がりだったんですな。

強く影響を受けたのはミスター検察と呼ばれた伊藤さん。人は死ねばゴミになる、という著作は僕の死生観にも強く影響を与えました。いままで、死ぬということについてあまり考えたことがなかったというか。

いまは貧乏ですが(まともに仕事できてないからかw)ディーラー時代は金銭的にもかなり恵まれた生活を送りましたし、仕事もめちゃくちゃ濃密だったです。30過ぎて「もうよいや」と一時引退生活に入ったのもそんな話です。「もっとシャンパンが飲みたい」(byケインズ)だったわけです。そのときは「今しんでも別に良いや。だれもあんまり困らなさそうだし」くらいの気持ちでいました。
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しかしいまは奥さんを得て、少なからず経営側の人間になってしまい「しんでも良いや」ともいえない立場のようです。死生観も変わらざるを得なくなってきました。とりあえず死なないことで迷惑をかけない部分もあるのだなと。とすれば生きていることにはやっぱり大きな意味があるんかなと考え出しました。

コロが死んだことでやっぱりその思いは強くなっています。まだ、僕が生きているうちにやることはあるのかなあと

2 件のコメント:

ラチェット さんのコメント...

勝手に死ね無いの他に、
死ぬのにも順番が決められています(法定?)。
 
夫→妻の順に死なないと、
残る物も残りません。
 
ほんとーに、
面倒見の良い、ありがたい国です。

新天地 さんのコメント...

ラチェットさん
うちの場合は資産規模が明らかに奥さんのほうが多いからなあwどうなんだろう。

とにかく、自分がどのような人間なのか。考え込むことも多くなりましたね。