2010年8月21日土曜日

噂の大物圧勝デビュー

入厩前から「クラシック級」との呼び声もあったアドマイヤセプター。

なんといっても母がアドマイヤグルーブ(その母エアグルーブ、父サンデーサイレンス)父親もキングカメハメハと日本を代表する超一流血統。加えて細身な馬体は育成牧場からとても柔軟で素軽い動きを見せていたということで評判になっていました。

で、今日注目のデビュー戦を迎えたわけです
2番の馬に注目してください。「飛ぶように走る」まさに一流馬だけに与えられたストライド走法。前足は恐ろしく高く上がり、後ろ足は限りなく前まで踏み込まれます。これを可能にするには骨格、やらかくて強い筋肉が必要なのですがもちろんそれは両親から受け継いだ天性のものでしょう。もちろん、調教師の腕が悪ければ全て台無しですが。。。一蹴りの間に進む距離が明らかに周りにいる馬より長くなっています。

明らかに余裕を持った走りでこの着差。本気を出したときにどれくらいの強さを見せるのか?
来年の牝馬クラシックはこの馬を中心に動いていくのはまず間違いないでしょう。あるいは牝馬三冠とかダービー挑戦なんてことも有るかもしれません。

2010年8月19日木曜日

運送屋

くどいですが新天地の家は運送屋です。
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話はころっと変わります。今月は奥さんのお母さんの7周忌。縁のある方から、七周忌のお供物が宅急便で送られてきました。会社名は伏せますが宅急便です。もちろん、贈り物にに価値の大小をゆうなとは言いますが、僕の家にとっては、心がこもった、大事な、ほんとうに大事な荷物です。見かけは普通の荷物ですけど、もちろん。

さて、奥様が不在に時に不在伝票が置かれていました。奥様が伝票に書かれたドライバーに電話して夜9時の再配達を依頼しました。ドライバーは「夜は担当のドライバーが違いますがそのものがお届けします」と伝えたそうです。

(ちなみにそんなやりとりがあったとは露程も知らず、新天地はその日朝3時に早出だったんでぐっすり寝ておりました。)

ところが9時になっても10時になっても荷物は届かず。先方からは荷物届いた?との電話が。
しびれを切らした奥様が最初に電話したドライバーに電話すると「え?まだ届いてないですか?」との返事。ところが・・・・。


そのあとドライバーが慌てて言ってきました
「すいません、別のドライバーに引継ぎで渡したつもりで、まだ自分の車に載っていました」


「いま、別の地域の配送センターで作業しています。30分ほどかかりますが帰り道にお届けしましょうか?」(その場所はうちからは車ですぐの場所です)
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待てども暮らせど来ない荷物を寝ないでひとりで待ってた奥様、切れました。ただ切れ方が独特です。

「帰りとはなんだ帰りとは。せめてうまく嘘つけないのか」


あとできいた奥様の言いぶんはこうです。自分も運送屋だから荷物を間違って配達してしまったり、チョンボをしたりすることがあるのはわかる。でも、その苦情が入ったときに「いま別の作業してるから届けられません」なんて口が裂けても言えない。まずは何をさておいてもその荷物を届けるのが筋でしょうと。

実務上、それができないなら、自分だったら「すいません、今代わりの車がないので30分かかります」とか「30分離れた場所にいるのでお待ちください、もしくは日を改めてお届けしましょうか?」とか聞くのがあたりまえだろうと。

それをいま別の作業しているから30分待てとは何事だ、というわけです。たとえそうせざるを得ないにしても、です。

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次の日早速クロ・・・某運送会社からお詫びの電話がかかってきました。もちろん向うは平謝り。社員教育をやり直します、とのこと。

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すべての話を聞いておもった

ああいろんな間違いあるからなあ。宅急便やさんの気持ちはわかる。どんなに仕事を完璧にやっても何%かの確率でミスは起こってしまう。その時の対応の難しさといいますか。。

僕には正解は見つからないかなあと思いました。そんなことではまずいんだけど(謝罪担当社員としては

2010年8月16日月曜日

ぶくぶく

太る音

連休中は都内で過ごした新天地。レジャーも都内。勢い食べることに重点が移ります。

初日はだずんで洋食。ステーキ150gを含むフルコース。二日目こそ何もなかったものの3日目はお寿司お腹いっぱい、4日目は花火を見に行く豪華はとバスツアーで某ホテルの中華コース。5日目はフジテレビ主催のルナレガーロでやっぱりコース料理を食べた後、奥様の「おいしいクレープが食べたい」というリクエストにお答えしてプランタン銀座の地下で「とろけるクレープ」をテイクアウト。

われながらそりゃ太るわなw
リバウンド怖い。

どうなんだろ

ふとした疑問。

この前、おいしい洋食屋さんに奥さんと2人で出かけた。

おいしい料理もさることながら、器も見事なものばかり。思わず奥様がお皿をひっくり返してブランド見てた。


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これ、僕は一度伯父さん(むかしノリタケ勤務)に怒られたことがあるんだよなあ。マナー違反だからって。
ただ、奥様が言うように、良い器を使ってるんだから、みたくなってもしょうがないじゃん、と。確かにそれもいちりあるような。。。どっちが正しいんだろう?

ちなみに、器はウエッジウッドでした。(それくらいならわかる新天地でありました。なにせ叔母も母も祖母も姉も食器集めるのがすきだからw。メジャーなものなら分かりますです)

2010年8月15日日曜日

靖国国旗国歌

今年も「終戦」の日がきた。終戦なんていうのは聞こえがいいが、要するに負けた日だ。

まあそれはきょうのテーマではない。


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今日は靖国神社に行ったか行かなかったでもめる日だ。行きたい人は行くべきだし、行かない人はいかないでいい日だ。腹がたつのはそのどちらも強制しようとする人間がいることだ。

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靖国神社には大村益次郎の像がある。大村は何をした人かというといわゆる富国強兵を推し進めた旧長州の人間だ。詳しくは「花神」を読んでもらえば(もちろんそれは「事実」ではなくフィクションであるが)

大村は医者だったのだが得意の語学力と頭脳を活かして軍事を学んだ。(ちなみに、当時最新の軍事学はオランダ語の書物を通してもたらされた。そのためいわゆる蘭方医が軍事の専門家になるケースが多かったのだそうな。大鳥圭介ももともとお医者さんだった)
砲兵学や彼の学んだ知識は恐ろしく、幕長戦争では一方的に幕府軍をけちらし、江戸城無血開城後の戊辰戦争を勝利に導いた。西郷隆盛が鎮圧できなかった上野の彰義隊を一日で壊滅させたのも大村益次郎の戦略だったという。

かれは一説には西郷派の人間に暗殺されるのだが、司馬遼太郎の解釈によれば、西郷が九州で反乱を起こすことを予見していた大村が大阪に砲兵隊を設立し、迅速に九州に征伐に向かわせることを可能にしたおかげで西南戦争は素早く鎮圧することができたのだとも。
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かれは外国の知識に明るかっただけに、侍という身分制度軍事制度では強い軍隊を作れないと考えていた。そして強い軍隊を持たない国はやすやすと外国の侵略を受けることも知っていた。長州が設立した奇兵隊など農民による軍隊の強さも頭にあったのだろう。

で、かれは維新後の短い時間の中で国民皆兵制度を推し進めることになる。
しかし、主従関係で戦争に駆り出される侍とはちがい、一般国民がいきなり戦争にかりだそうとしても理論付けがない。そこで大村は靖国神社を作った。国のために戦争に行って死んだら神として祀られる。だからお前ら戦争に行け、と。超リアリストの大村が神の存在を信じていたとは到底燃えないが、兵隊が死にに行ってくれなければ指揮官としては困る。そのためなら神社だって作る。そしてその神社は当然権威がなくてはいけない。国をあげて権威付けが行われた。
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とまあ靖国神社の元の意味は戦争に活かすための道具だったことは明らかだ。当時としてはそうしなければまともな軍隊も出来ないし、できなければ早晩韓国のようにどっかの植民地になっていただろう。

状況は変わり、靖国神社なんてなくても日本は維持できるだろう。変わらないのは道具を利用して人を自分の意思の下に置こうとする人間がいるということだ。彼らは「国民」という言葉を好んで使い、どうやら国民にはいろんな義務があるらしい。その義務とは実はそれを唱える人間の支配の下にいることらしいのだが。。


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道具を使うのは勝手だし、何も考えずその道具の影響下にはいるバカ。。人間を止めはしない。
願わくは自分や自分の子孫とは関係ないところでそれが行われますように。


国旗や国歌も所詮同類なのだ。
これは責められることではない。欧米ではこれが「自由」と言う言葉に変わるだけ。結局、自由を守るために戦争に駆り出されるという仕組みはよく似たものなのだから。

責められることではないけど、ぼく以外のところで行われますようにw
「国民」の義務なんてまっぴらだ